いつも旅の中


この旅行記は私には合わない。
読み始めて、途中で投げ出してしまった。
これはひどいと思ってアマゾンの書評を
見ると、星4つ半、ほぼ満点だった。
私に合わないだけなのかな。

下の文章を読んでいただきたい。

『黒かった東の空が、ゆっくりと紺にかわり、
やがて水を流し込んだように淡いブルーに
変化する。
そうして、すっとナイフで切り込みを入れた
みたいに橙色が走り、それが徐々にふくらみ
はじめる。
どろどろの火の玉みたいな太陽が、人差し指の
第一関節くらい姿を現しただけで、温度は急激に
やわらかくなる。』
「角田光代ーいつも旅の中」

この文章から私にはそこに書かれた情景が見えてこない。
「黒」「紺」「淡いブルー」の変化の関連性が
今一つはっきりしない。
紺の中に水を流し込んでも、淡いブルーにならない。
紺は紫がかった濃い青色だ。

「すっとナイフで切り込みを入れたみたいに橙色が走り」
なぜ「みたいに」などという語句を使うのだろうか。
「すっとナイフで切り込みを入れたように橙色が走り」
の方がはるかに座りが良い。

「どろどろの火の玉みたいな太陽が、人差し指の
第一関節くらい姿を現しただけで」
火の玉と言われると丸いものを想像するが、
人差し指の第一関節は丸くなく違和感を覚える。

「温度は急激にやわらかくなる」
温度がやわらかくなりとはいったいなんだろうか。
温度とは実態や形のないものである。
「それまでひんやりと硬かった朝の空気が、
急激にやわらいだ」とかなんとか書きようが
有る気がする。

以下の文章を読んでいただきたい。

『カラデニズートルコ語で文字通り「黒い海」である。
エーゲ海が「白い海」と呼ばれるのとは対照的に、
黒海はあくまでも「黒い海」なのだ。
なぜ黒い海と呼ばれるかは、実際に行ってみればわかる。
それはあらゆる意味で黒い海なのだ。
そこには鮮やかに降り注ぐ地中海の陽光はない。
僕らが訪れたのはまだ九月の半ばだったが、既に秋の
光が満ちている。
美しく、くっきり澄んでいるが、サングラスを必要と
しない静かな光だった。
光だけではなく、海そのものも穏やかで静かだった。
波もなく、海というより巨大な湖のように見えた。
海岸には水が音もなく、ひたひたと寄せている。
遠くを漁船が通り過ぎると、ふと思い出したように
やわらかく海面が揺れる。
そしてやがてまたそれはぴたりと静まりかえる。』
「村上春樹 - 雨天炎天」 より

村上春樹の文章には全くの曖昧さはなく、目を閉じると
その光景が浮かんでくるようだ。

  

2015年03月18日 Posted by igoten at 08:12Comments(4)読書