五月の安曇野

五月の安曇野
(クリックすると大画面になる。
左側が「蝶ヶ岳」で右側が「常念岳」である。)


風薫る五月。
通勤路を変えた。
安曇野はどこに行っても、常念岳がついてくる。

この写真では残念ながら良くわからないが、
常念坊の雪型が美しい。

学生の頃、山で一緒になった人が、息子に「常念」
という名前を付けたと自慢していた。
「常念」と書いて「つなむね」と読むのだという。

その時は知らなかったが、「常念坊」というのは、
酒飲みの僧侶で、手に一升徳利を持っているという。

「常念」という名前の息子さんは、その後どうなった
のだろうか。

とここまで書いて、待てよと思った。
以前同じことを書いている。

http://kotanero.naganoblog.jp/e468854.html#comments

ブログも長いこと書いていると、以前何を書いたのか、
忘れてしまう。
小説家だってエッセイに何度も同じことを書いている
場合がある。
素人が忘れてしまうのは仕方がないことであろうか。




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2015年05月03日 Posted byigoten at 18:17 │Comments(2)その他

この記事へのコメント
むかしむかし、小学生だったぼくは、
父につれられ、シロウマにのぼった。
子供用のピッケルをもち、チロル帽もかぶった。
大雪けいのてまえの小屋で、アイゼン付け、
やき印をおすために、コンゴウづえも買った。

大雪けいは長く、はばも広く、風がすずしかった。
ころぶとすべって行って、穴に落ちて、死ぬゾと、
父に言われたから、けんめいについて行った。
雪けいが終ると、岩だらけの細い急な登り道だった。
ハイマツはながらく、灰松と書くと思っていた。

山小屋のとまりは、つかれていて、覚えていない。
よく朝、ほら見ろ、ご来光だと言われた気がする。
お花畑も、ハクバ大池も、思い出せない。
夕暮れを歩きながら、父は道にまよったかナと言う。
そして、どこかのうす暗いヤドヤに、父ととまった。
Posted by 徒然man at 2015年05月02日 10:48
徒然man さん
 いい思い出ですね。
 ただ小学生には登山は難しい。 
 「夕暮れを歩きながら」というのは登山では考えられない。
 これは下の部落を歩いていたんですかね。
 小学生時代のことを殆ど覚えていない私には
 うらやましい。
 
Posted by igotenigoten at 2015年05月02日 20:14
 
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