本だけ持って

初冬の夕暮れ、道にはイチョウの葉が金色に輝きながら舞っている。
その人は自宅のマンションに続く緩やかな坂を、少しうつむきかげんで
ゆっくり登って行く。
ふと気が付くと、目の前の歩道に鳥の影がうつっている。
あわてて目を上げると、一羽のキジバトが夕日の中に飛んでいるのが見える。
「あ！　もしかしたらあのハトかも知れない」と反射的に考える。
もしそうだとしたら、こちらに飛んで来て、自分の肩に止まってくれたら
どんなにか嬉しいだろうかと。
しかしそんなことにはお構いなしにハトは夕日に向かって飛んで行ってしまう。

一か月ほど前に知らない方からメールが来た。
怪我をしたキジバトを保護して飼っていると言う。
飛べないで道路を歩いている所を保護して、獣医に連れて行き、
自宅マンションの７階のベランダに洗濯機のダンボールで小屋を
作り飼っているという。

野生のキジバトはとても警戒心が強く、特に狭い場所に入れられると
恐怖心から近づいた人を威嚇することが有る。
そんなこともあってかその人は自分のしていることが本当にハトにとって
良かったか迷っているようであった。

しかし最近メールが来てそのハトが無事に飛び立ったと書いてあった。
添付された写真には元気そうな若いキジバトが写っていた。

たぶん野生のハトの習性として再びそのマンションのベランダに帰って
来ることは無いのだろう。

しかしハトは、飛びながら、高い空から、自分を救ってくれたその恩人のベランダを
時々見ているに違いないと私は思うのだ。