ノルウェイの森/村上春樹[1]

僕は37歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。
その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、
ハンブルグの空港に到着しようとしているところだった。
。。。
やれやれ、またドイツか、と僕は思った。
。。。
飛行機が着地を完了すると禁煙のサインが消え、
天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れ始めた。
それはどこかのオーケストラが甘く演奏する
ビートルズの「ノルウェイの森」だった。
そしてそのメロディーはいつものように僕を
混乱させた。
いや、いつもとは比べものにならないくらい激しく
僕を混乱させ揺り動かした。
その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、
ハンブルグの空港に到着しようとしているところだった。
。。。
やれやれ、またドイツか、と僕は思った。
。。。
飛行機が着地を完了すると禁煙のサインが消え、
天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れ始めた。
それはどこかのオーケストラが甘く演奏する
ビートルズの「ノルウェイの森」だった。
そしてそのメロディーはいつものように僕を
混乱させた。
いや、いつもとは比べものにならないくらい激しく
僕を混乱させ揺り動かした。
小説「ノルウェイの森」はこのように始まる。
初めて読む人はもしかしたら物物語はヨーロッパを
舞台にした物語だろうと思うかもしれないが、しかし
ここから画面は17年前のあの草原をパンするのである。
実はこのプロローグの画面は「ノルウェイの森」
エピローグの画面から続いている。
17年前『直子』を失うという限りなき喪失を味わった
『僕』はどこかわからない場所から、恋人の『緑』
に電話をかける。
そしてここでこの物語は終わるのである。
読者はいった『僕』がこの後立ち直れたのだろうか
という疑問を持つが、実はこの小説の一番初めに
その答えがあるのかもしれない。
17年後の僕は少なくても最新鋭の旅客機に乗り
ヨーロッパ一大きいハンブルグの空港に居て、
又ドイツかと思っているのである。
余談では有るが、村上春樹はその著
『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』
のなかで、
『十年以上前のことだが、僕はある雑誌の取材のために
ドイツ旅行をしていて、その中の企画のひとつとして
ハンブルグの売春宿をまわっていた。
と書いている。』
ドイツ旅行をしていて、その中の企画のひとつとして
ハンブルグの売春宿をまわっていた。
と書いている。』
さて村上春樹は
『遠い太鼓』
の中で40歳になろうとした時
3年間旅に出たといっている。
その三年間に僕は二冊の長編小説を書いた。
ひとつは『ノルウェイの森』でありもうひとつ
は『ダンス・ダンス・ダンス』である。
。。。
僕は『ノルウェイの森』をギリシャで書き始め、
シシリーに移り、それからローマで完成した。
。。。
もし日本にいても、もう少し時間はかかったかも
しれないけれど、僕はやはり同じように二冊の
小説を書いていただろうと思う。僕にとって
『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』
は、結果的に書かれるべくして書かれた小説である。
でももし日本で書かれたとしたら、このふたつの作品は
今あるものとはずいぶん違った色彩を帯びていたのでは
という気がする。
端的にいうなら、僕はこれほど垂直的にふかく「入って」
いかないだろう。
よくも悪くも。
つまり『ノルウェイの森』は彼の普段の小説よりもひとつは『ノルウェイの森』でありもうひとつ
は『ダンス・ダンス・ダンス』である。
。。。
僕は『ノルウェイの森』をギリシャで書き始め、
シシリーに移り、それからローマで完成した。
。。。
もし日本にいても、もう少し時間はかかったかも
しれないけれど、僕はやはり同じように二冊の
小説を書いていただろうと思う。僕にとって
『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』
は、結果的に書かれるべくして書かれた小説である。
でももし日本で書かれたとしたら、このふたつの作品は
今あるものとはずいぶん違った色彩を帯びていたのでは
という気がする。
端的にいうなら、僕はこれほど垂直的にふかく「入って」
いかないだろう。
よくも悪くも。
垂直にふかく「入って」いるのだ。
では物語は一体なぜドイツのハンブルグの空港から始まる
のだろうか?
ここまで書いたが、実は今飲んでいる「カルピスサワー」が
思いのほか強く、かなり酔っ払った状態になってしまったので
今日はこのへんで。
続きはあるかどうかわからないが。。。。
Auf Wiedersehen!(アウフビダゼン)!