錯覚

日本の将棋界の巨匠と言えば何と言っても大山康晴で有るが、
戦後この大山康晴に名人戦の挑戦権をかけて挑んだ若き関西の俊英
升田幸三が、優勢な将棋を最後の最後に、単純な見落としの為に
負けてしまった時に発した言葉が、「錯覚よくない、よく見るよろし」
である。

しかし世の中には良く見ているにもかかわらず、見ているものが
認識できないという脳による錯覚が有る。

人間の持つ五感というのは、脳に対するインプットである。
そして脳はこのインプットに対してなんらかの処理を行うのである。

たとえばキャッチボールをしていて、ボールが近づいて来たことを
視覚が脳に知らせると、脳は手に対してそのボールを受け取る様に
指令を出す。

しかし人間の目に入ってくる情報と言うのは、膨大であり、全ての情報を
即時に判断して、行動を起こすことはスピードの点で不可能である。
そこでほとんどの動物は動くものを優先的に捉えて脳が処理する
システムを、長い年月をかけて作り上げてきた。

たとえば目の前に広がる広大な草原の中で、動くものは自分にとって
危険な物か、あるいは自分の獲物である可能性が高いことを、
経験的に悟り、その処理を優先的にする脳のシステムを、遺伝子の
中に組み込んだのである。

それに伴って人間に深くかかわらないその他の多くの情報、たとえば
木とか草などは見えているのに見えないという処理方法を身につけた。

さて一方、物が動いて見えるというのはどのような状態だろうか。
先ず第一に考えられるのは背景と動く者の関係で有る。
見ているものの背景が変わればそのものが動いていると脳は判断する。

それはものが止まっていて背景が動いても、場合によってはものが
動いていると錯覚するのである。

動いていると感じる第二は、物の大きさが変わる場合である。
物が大きくなれば近づいて見え、小さくなれば遠ざかって見える。
背景が単調で有れば見ているものを大きくするだけで、近づいて
見える錯覚は周知の事実である。

もう一つ動いていると感じるのは、見ているものの視野角が変わる
場合であろう。
たとえば左45°に見えていた物が30°になれば、そのものは
左から右に動いているように見えるだろう。
ところが相手の物体が左から右に向かって動いていても、こちらが
前方に同じ速度で動いていると、視野角は変わらずに、脳は動いていると
判断出来ない。

これは特に背景が単純な田んぼの中とか、広い原っぱなどでは、
背景から動と静を判断することは難しく、更に直線的に近づいて
来る物に比較して、対象物が大きくなって見える度合いが少ないといえる。


(45°の角度で同じスピードで近づく車は、双方とも動いていない
 と勘違いする。)

見通しの良い交差点の真ん中で、車どおしが、お互いにブレーキをかけずに
ぶつかってしまういわゆる『コリジョンコース現象』は以上のように脳が実際には
動いていて、お互いに近づいているにもかかわらず、動いていないと判断して、
そのものを無視してしまう、錯覚から生じるものであると私は考えるのである。

付記:
この記事は先日書いた、「 なぜこんなところで 」の
記事で、見通しの良い交差点での事故は、「男 、50、感ずること」の
kobay さんから、それは「コリジョンコース現象」ではないかとの
指摘を受けたことを受けて書いたものです。

  


2011年09月24日 Posted by igoten at 08:00Comments(0)その他